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ライト電業・岡本直哉代表取締役社長【前編】

2026.04.06

ライト電業・岡本直哉代表取締役社長『2008年覚悟を決めた日』



今回は「ライト電業」代表取締役社長 岡本直哉さんです。
岡山市に本社を置く「ライト電業」は、技術とソリューションを提供する“技術商社”です。

転機の年…会社を継ぐことを見据え大手仕入先に入社

(篠田吉央アナウンサー)
「それでは転機の年を教えてください。」

(ライト電業 岡本直哉代表取締役社長)
「はい『2008年覚悟を決めた日』です。」

瀬戸大橋が開通20周年を迎えた2008年。倉敷チボリ公園が11年の歴史に幕をおろしました。

(篠田吉央アナウンサー)
「どのような覚悟を決められたのですか。」

(ライト電業 岡本直哉代表取締役社長)
「はい。2008年は大学4年生の時で、大学4年生の時に会社を継ぐという覚悟を決めた日になります。」

(篠田吉央アナウンサー)
「ライト電業というのは、もともと家業であったわけですか。」

(ライト電業 岡本直哉代表取締役社長)
「そうですね、はい。」

(篠田吉央アナウンサー)
「覚悟を決めてどのような一歩を踏み出したんですか。」

(ライト電業 岡本直哉代表取締役社長)
「まずは、我々の大手の仕入れ先であるオムロンへの入社を決めました。」

(篠田吉央アナウンサー)
「修行期間が始まったということですか。」

(ライト電業 岡本直哉代表取締役社長)
「そうですね。」

部署問わず色々な人と対話…会社を最適化する視点の学び

(篠田吉央アナウンサー)
「将来的には家業を引き継いでいかなくては駄目だという中で、何か修業時代に心がけていたこととかあるんですか。」

(ライト電業 岡本直哉代表取締役社長)
「営業職をしておりましたので、朝イチから夕方まで行動量を増やすことを心がけたのと、製品知識という面において、やっぱり先輩社員にはなかなか勝ちづらいと思いますので、唯一新人が勝てる領域、もう本当に新製品ですね。新製品を誰にとっても初めて触れるものなので、その新製品を一番最初に勉強して一番にお客様に提案をするというのを継続的にやっておりました。」

(篠田吉央アナウンサー)
「他にはどんなことを心がけていたんですか。」

(ライト電業 岡本直哉代表取締役社長)
「そうですね、組織である以上やっぱり一人の力は限られていると思いますので、いろいろな人との関係性を築くという意味では昭和時代かもしれませんが、いろいろな人と飲みに行って“顔を売る”みたいなことはしていましたね。他部署であろうと誘われた飲み会には基本的には必ず行くことを決めていました。何か困った時に相談できる相手が、他部署にもできたのは非常に大きかったと思います。」

(篠田吉央アナウンサー)
「何かそれ以上の効果も出てきたんですか。」

(ライト電業 岡本直哉代表取締役社長)
「自分の組織の戦略があってという形ですけど、会社としては会社の戦略があって、その中での私たちの戦略なので、全体を見るというのはいろいろな人の話を聞いて学んでいったというのは非常に大きいかと思います。」

(篠田吉央アナウンサー)
「今の立場になって振り返ってみると、やっぱり会社全体を見るとか、そういう視点を意識できるようになったというのは大きかったんじゃないんですか。」

(ライト電業 岡本直哉代表取締役社長)
「そうですね。やっぱり我々は、そんなに大きな会社ではないですけど、組織があるので、そこだけの最適にはならずに、やっぱり会社を最適化していくという視点はその時に学んだかなと思います。」