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岡山放送

2026.09.11

8人が犠牲に…さぬき市津田町の土石流発生から50年 当時を知る男性住民が説く「事前の備え」【香川】

 

さぬき市津田町で8人が犠牲になった土石流の発生から9月11日で50年です。当時を知る地元住民が災害への備えの大切さについて語りました。

◆大きい石が後ろに…「あれが来ていたら死んでいるわ」78歳男性にとって忘れられない光景

(山中忠美さん)
「大きい石が後ろに落ちとんや。気がつかん、全然…バラス(砕石)や雨の音で。あれが来ていたら死んでいるわと、連れと話をした」

さぬき市津田町に住む山中忠美さん(78)。ふるさとを襲った土石流を50年がたった今も忘れることはありません。

山中忠美さん

◆76年9月の台風17号接近による大雨がもたらした土砂災害で50人が死亡 県内の風水害としては「戦後最悪」の人的被害

1976年9月、台風17号が接近し、小豆島など県東部では、1000ミリを超える大雨が降り、土砂災害が発生しました。県内の死者は50人、県内の風水害としては戦後最悪の人的被害です。農業などへの被害も大きく県の調べでは被害額は約560億円に上りました。

旧津田町でも9月8日から13日にかけて年間雨量に匹敵する約1000ミリもの雨が降りました。北山地区ではその間、相次いで土石流が発生。大量の土砂が集落を飲み込みました。

1976年9月 現在のさぬき市津田町北山地区

◆地元住民も加わり救援活動に…「おい、これなんか色が違う」と言って離れるとそこには「遺体」

(山中忠美さん)
「助けてという声がして、(山に)上がってきて、女の人だったんだけど、戸板に乗せて消防の人といっしょにかいてな、それはほんまに(印象に)残っていますわ…やっぱりつらいです」

自衛隊や警察からの200人、そして、山中さんら地元住民も加わり、救援活動が行われました。

(山中忠美さん)
「水がどんどん。そうそうそう、何度でも来るもんでな。探すに探せん。だけど、自衛隊の方も入ってくれる警察もな、機動隊もみんな入ってるから、やっぱり「おい、これなんか色が違う」と言ったら、みんなのいた(離れた)な。そしたら遺体があった」

北山地区では20代から70代の8人の死亡が確認されました。

当時の映像

◆災害を風化させてはならない…8人が犠牲の北山地区には「忘れじの標」と名づけられた石碑

北山地区には「忘れじの標」と名づけられた石碑が残されています。8人が犠牲となった土砂災害を風化させてはならないと建てられたもので、石碑の裏側には被害状況が刻まれています。

さぬき市津田町「忘れじの標」

◆災害への備えで大切なのは「準備を先にしておかないといけない」

北山地区にはその後、砂防ダムなどが建設され、災害復旧の工事は3年を要しました。あれから半世紀、山中さんは災害への備えの大切さを訴えます。

(山中忠美さん)
「自分の家の周りの水路とかはちゃんとしている。水はけはよくしておかないといけない。(水が)たまったらそれが飛んでくる。自分の家の周りはちゃんとしないといけないと思って、簡易トイレとかは段取り(用意)している。先にしておかないといけないというのがある。(準備をしておかないと)間に合わない」

山中忠美さん