2026.04.20
茂山組・川田雄士代表取締役『2011年3.11東日本大震災』
今回は「茂山組」代表取締役川田雄士さんです。
備前市に本社を置く「茂山組」は、建築・建設や太陽光発電システムの設計・施工などを手掛けています。
転機の年…電気のひっ迫で太陽光発電事業に注目集まる
(篠田吉央アナウンサー)
「それでは転機の年を教えてください。」
(茂山組 川田雄士代表取締役)
「はい『2011年の3.11東日本大震災』です。」
東日本大震災が起こった2011年、B1グランプリで岡山県勢が大活躍。香川県では「うどん県」PRが始まりました。
「それでは転機の年を教えてください。」
(茂山組 川田雄士代表取締役)
「はい『2011年の3.11東日本大震災』です。」
東日本大震災が起こった2011年、B1グランプリで岡山県勢が大活躍。香川県では「うどん県」PRが始まりました。
(篠田吉央アナウンサー)
「震災での被害の中で仕事への関わり方というのも変わっていったんですか。」
(茂山組 川田雄士代表取締役)
「電気のひっ迫ということで、太陽電池の注目がどんと浴びるようになるんです。それで太陽光発電の事業が、爆発的に伸びていったんです。」
(篠田吉央アナウンサー)
「そもそもの業務としては茂山組として、どういうことをされているんですか。」
(茂山組 川田雄士代表取締役)
「一番のメインは建築・建設工事。それから太陽光関係の電気とか蓄電池の工事。それともう一つは(太陽光パネルの)架台のメーカーとして全国に販売している事業なんです。」

太陽光パネルの架台メーカーとして全国へ
(篠田吉央アナウンサー)
「太陽光の普及の上では、架台ってものはかなり重要になってくるんですか。」
(茂山組 川田雄士代表取締役)
「当時、太陽電池は日本では大手電機メーカーがやっているんですけど、住宅用にしかつくっていなかったんですよ。いわゆる住宅の屋根用に金具(架台的なもの)を作っていた。たまたま茂山組はその架台を自社で作っていたんです。岡山県で必要なものは、全国のいろいろなところでも必要かもしれないと思いましてね。それでホームページで『太陽光発電架台ドットコム』というのをつくりました。そうしたら、全国から少しずつ問い合わせがありまして、引き合いをいただけるようになりまして、そうして架台の製造販売に乗り出したということになります。」
(篠田吉央アナウンサー)
「ちょうどこちらに展示されているパネルが業務をあらわしていると思うんですけれども、飲食店もされているんですか。」
(茂山組 川田雄士代表取締役)
「そうです。そういうお話をいただいたんですけど、震災の後ですから、ソーラーシステムはどんどん売れて。新しい商品、太陽電池の架台の開発もしていくわけですから、そんな余裕はないんですよ。自信も全くないんですけど、スタイルをこういう風に変えてこうしたらいけるかもしれないな…ということで買収してやってみようという気持ちになりました。」
「太陽光の普及の上では、架台ってものはかなり重要になってくるんですか。」
(茂山組 川田雄士代表取締役)
「当時、太陽電池は日本では大手電機メーカーがやっているんですけど、住宅用にしかつくっていなかったんですよ。いわゆる住宅の屋根用に金具(架台的なもの)を作っていた。たまたま茂山組はその架台を自社で作っていたんです。岡山県で必要なものは、全国のいろいろなところでも必要かもしれないと思いましてね。それでホームページで『太陽光発電架台ドットコム』というのをつくりました。そうしたら、全国から少しずつ問い合わせがありまして、引き合いをいただけるようになりまして、そうして架台の製造販売に乗り出したということになります。」
(篠田吉央アナウンサー)
「ちょうどこちらに展示されているパネルが業務をあらわしていると思うんですけれども、飲食店もされているんですか。」
(茂山組 川田雄士代表取締役)
「そうです。そういうお話をいただいたんですけど、震災の後ですから、ソーラーシステムはどんどん売れて。新しい商品、太陽電池の架台の開発もしていくわけですから、そんな余裕はないんですよ。自信も全くないんですけど、スタイルをこういう風に変えてこうしたらいけるかもしれないな…ということで買収してやってみようという気持ちになりました。」

