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ピコシステム・丹波真二代表取締役社長【前編】

2025.09.07

ピコシステム・丹波真二代表取締役社長 『1992年、東京支社勤務となった年』



今回は「ピコシステム」代表取締役社長 丹波真二さんです。
ピコシステムは岡山市に本社を置くITコンサルティング会社でシステム設計やプログラム開発などを行っています。






転機の年…バブル崩壊直後に東京で営業

(篠田吉央アナウンサー)
「それでは転機となった年を教えてください。」

(ピコシステム 丹波真二代表取締役社長)
「はい『1992年、東京支社勤務となった年』です。」

1992年には、バルセロナオリンピック・女子マラソンで岡山市出身の有森裕子さんが、銀メダルを獲得しました。

(篠田吉央アナウンサー)
「1992年と言いますと33年前なんですけれども、比較的若い時に東京支社に勤務になったんですね。」

(ピコシステム 丹波真二代表取締役社長)
「私が東京に行った1992年というのは、バブルがはじけた後だったので、仕事が取れないのは当たり前というふうに思っていましたので、その中で、もう頑張るしかない。東京で何とかするしかないという気持ちで営業してました。」

“真面目にコツコツ”…岡山らしさが東京での成功体験に

(篠田吉央アナウンサー)
「鍛え抜かれた期間だったとは思うんですけれども、その中で何か成功体験になった事はあるんですか。」

(ピコシステム 丹波真二代表取締役社長)
「お客様に当社はこういう会社なんですよ。こういう商品を売っている会社なんですよということを何とか理解していただいて、東京に行って5か月目に初めて仕事が取れたというのが成功体験かなと思いますね。」

(篠田吉央アナウンサー)
「縁もゆかりも無いところだからこそ、そこでできた結び付き、繋がりというのは嬉しかったでしょうね。」

(ピコシステム 丹波真二代表取締役社長)
「そうですね。東京という市場は良いものは良い。でも悪いものは悪いという所で、過去のしがらみとかは関係無しにお付き合いをしていただけるという市場だったので、そこが取引いただいた一つの要因ではあったかなと思っています。当社はシステム開発を中心にやっていまして、岡山という地元の良さというところは、真面目にコツコツやるという風土で、それが東京のお客様にうけた部分は大いにあったかなと感じています。」