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東洋工務店・沖章史代表取締役社長【前編】

2025.05.05

東洋工務店・沖章史代表取締役社長『1978年瀬戸大橋建設工事』



今回は「東洋工務店」 代表取締役社長、沖 章史さんです。
「東洋工務店」は、一般土木工事からインフラ整備工事、エネルギー発電設備工事まで幅広く対応しています。




転機の年…瀬戸大橋建設工事で特殊な技術を目の当たりに

(篠田吉央アナウンサー)
「それでは転機となった年を教えてください。」

(東洋工務店 沖章史代表取締役社長)
「はい。1978年、瀬戸大橋建設工事。」

1987年に本州四国連絡橋 児島・坂出ルートが着工。およそ10年に及ぶ大工事が始まりました。 

(篠田吉央アナウンサー)
「瀬戸大橋の大規模な工事に参加されたことが大きな転機になっているということなんですか。」

(東洋工務店 沖章史代表取締役社長)
「そうなんです。ちょうど工事が瀬戸大橋の関係、山陽道の関係、いろいろと工事ラッシュというときに瀬戸大橋の工事に携わることができまして、非常に転機になりました。」

(篠田吉央アナウンサー)
「それはどういう意味での転機だったか、規模が大きいということですか。」

(東洋工務店 沖章史代表取締役社長)
「そうですね。規模も大きいんですが、非常にいろんな機械、特殊な機械、海の中で『ケーソン』という大きなものを吊る機械とか、いろいろな海の中でできる機械の仕事を目の当たりにして、その辺から一般土木だけではだめだなと思いながら、やっぱりそれに携わって何か新しいものをつくっていきたいというのが私の転機になりました。」


未来を見据えて“独自の技術”にも注力

(篠田吉央アナウンサー)
「そのときの業務というのは、どういうことを主にやっていたんですか。」

(東洋工務店 沖章史代表取締役社長)
「主たるところは、水島地区は工場が多いものですから、その辺に少しでも役に立てる会社というもので、基礎工事をメインでやっていました。」

(篠田吉央アナウンサー)
「そこでどうして特殊なことに取り組もうと思われたんですか。」

(東洋工務店 沖章史代表取締役社長)
「我々の同業者は、やっぱり建設関係の中で土木だけの建設業者がたくさんあるので、今後自分がやっていくためには、やはりそういう特殊なことを頭に置いてできる会社にしないといけないだろうねというのは思っていましたね。」

(篠田吉央アナウンサー)
「その時代の先を読んでいく中では、やはり独自の技術を身につけないと駄目だなと。」

(東洋工務店 沖章史代表取締役社長)
「もうまさにそのままなんですよね。だからあえて外国まで、ドイツまで行って機械を見て、やっぱりこれは使える使えないまで判断して、日本に持って帰って…というところまでやりながら、当社でできる仕事というものを、今かなり力を入れています。現状もね。」