入賞作品をご紹介します。

NTT西日本 文化スペシャル OHK開局50周年記念

大原美術館とあなたが紡ぐ物語〜小川洋子がいざなう朗読会IV〜

入賞作品

入賞作発表(右より朗読順・敬称略)

愛しさゆえのアイロニー

岡山県葵 紫陽花

午前10時8分、ヨハネとジャン=デールが私たちを歓迎してくれる。「ロダンですよ!青銅時代のロダンです!」私の興奮とは裏腹に隣の彼は少し気まずそうに苦笑いをする。「美術館苦手でしたか?」私が尋ねると、「僕、入らないとダメですか?」想定外の質問が私に飛んでくる。「何言ってるんですか?善則さん、自分で入場券を買ったじゃないですか。なんなら私の分まで」彼は少し気まずそうに「僕、昔から静が苦手なんです。動いてないと不安になるんです。だから、静しかない美術館には入れません。」あまりに真剣に彼が言ったので、くすりとしてしまう。「だったら勝手に動かせば良いんですよ。例えば、ヨハネとジャンは仕事でライバル同士なんです。仕事終わりにそれぞれが恋人と待ち合わせていると、ライバルの姿が目に入るんです。ああ、お前も女か。大変だな。まあ、お互い頑張ろうぜ。お互い口には出さずに心で対話してるんです。本当は違いますよ。でも作品を楽しむときはそれでいいんです。ね、動いた。」

現代の絵画か、これは!

東京都イモムシ

マリア様 「あなたは  手塚治虫さんをごぞんじですか。ガブリエル様」
ガブリエル様「私は16世紀に描かれているので、知っているわけがないでしょ。」
と言うような会話が決してないとおもいますが、マリア様はリボンの騎士に似ているような。表情が今の時代に通じるのでは。 あ、これは受胎告知という  誠実なお話なのに
なんて不謹慎な、いや、でもガブリエル様もミュージシャンのような表情で  今にもロックを歌いそうな・・・21世紀でも通用しますよ。  そんな会話をしたかどうかはしらないですが。  絵の前にいたら、2人の受胎告知ではない会話が聞こえてきそうな、不思議な魅力が  この21世紀に通用する力と衝撃を受けました。
マリア様とガブリエル様は  ここ大原美術館、居心地がいいわね。って声をそろえて  話しかけてくれたかどうかは定かではありません。

Sanctuary かえる

東京都芹沢ヨウ

  吾輩は蛙である。名前はケロクサンダー8世。蛙王国の王様である。
 蛙王国は豊かに栄えておる。出生率は上がり、寿命は延び、民はみな幸福に暮らしておる。我が息子ケロワルドには、代々伝わる帝王学を学ばせ、ますますこの国を発展させてもらいたい。
 王たる者、寛容にして厳しく、愛をもって国を治めるべし。身辺清浄にて自ら規範となり、我慢強く、礼儀正しく……
 これ、ケロワルド、聞いておるか。そなた、またケーキ作りか。
 おい、やめろ。吾輩はケーキではないぞ。吾輩をクリームで飾りつけするのはやめろ。なに、美しく甘い菓子で、我が国を幸せにするとな?  してまた、隣の白鳥王国のリグリア王子と、すでにスイーツ同盟を結んできただと?
 国を治めるというのは、そんな夢のように甘くはないぞ。甘くない。甘くない……
ウオッホン。いや、甘いな、このクリーム。おいしいではないか。
 ウオッホン。いやはや、一族に一人くらいパティシエがいても悪くないな。

息吹

岡山県中原綾花

  僕にとって絵画は、無味乾燥で何処までも空虚な物だった。その少女に会うまでは。
 絵画の前に跪き絵を見上げる、変わった少女に声をかけた。
「どうして、そんな見方をしているの?」
「こうすると絵の表面の凹凸が見えるんです。この凹凸を見ていると、このキャンバスの上に筆を滑らせ、塗料を重ねて、描き終えた人の手が見えます。その手を想像していると、なんだかその人に会っているような気がしてくるんです。そうすると、途端にこの絵が輝いて、その画家の人生が全て詰まった息吹のようなものを感じるんです。」
甘やかに急かす感情におされ、僕は屈んでその絵を見上げる。すると、彼女がいったように其処には平面の凹凸が確かに存在した。筆の跡や重なりによる不均等な表面、着色していく上で僅かに変化してしまった色。
 平面をなぞる筆、指、腕、体が、ここにあったことを確かに示している。
その時僕の中で、器から何かが溢れたような気がした。モノクロでしかなかった絵に確かに画家の息吹が見えたような気がした。

おんちょんさん
初恋の人に再会する の巻

岡山県田中希莉子

  わしはおんちょんさん。世界をまたにかける旅人じゃ。今日はわしの150才の誕生日。美しい絵を見に行こう。

  さて、倉敷の大原美術館にやって来たぞ。さっそく絵を見てみよう。ふむふむ、いろんな絵があるなあ。あぁ、これはモネんちのスイレンの池じゃな。わしら遊んでたら池にどぼーんと落ちてしもうたことがあったな。ふふふ、なつかしい。

  ん?!この絵は見覚えがある。この絵のおなごは、わしがベルギーを旅していたときにひとめぼれした子じゃ!この絵をかいたのは友達のとら次郎。わしの親友じゃった。あれまぁ、わしの知らんところで、二人で向き合ってこんな絵をかいておって…。なんかジェラシー。あ、あれはわしがこの子に贈った茶わんではないか!もしかしたらこの子もわしのことを…?今となってはわからんが、わしの素敵な初恋のお話。

 どれ、また新しい恋をしに旅に出よう。また会おう、かわい子ちゃん。

大原美術館へようこそ。

岡山県篠原 葉

毎日大勢の人達を、入口で静かに迎える。「じっと」私の目を見つめ話しかけてくる人、グループで来て、さっと目を投げ、すぐに奥のホールへと進んで行く人。百人百様、様々な人達がいる。一人一人に人生のドラマがあるように、私達絵にも、一つ一つの物語がある。
私は、ベルギーに住む少女。日本から来た留学生に、絵のモデルを頼まれたあの日。彼の手にある色彩溢れる服に魅了され、すぐにモデルになる事を承諾した。
長い時間ずっと同じ姿勢で、身体は固まり、正直途中で投げ出したくなり、後悔もした。
でも、今は違う。こうして大勢の人に、見てもらえる。人々の記憶の中に、生き続ける事になるかもしれない。
私の人生、何の変哲も無い平凡な物だと思う。しかしこうやって、人々の心の中に残り続ければ、生きた証が、その人の一部として溶け込んでいくような気がする。なんと素晴らしい事だろう。
私はこれからも、受付嬢のようにお出迎えを続けていく。

二度目の大原美術館

北海道さら

 大原美術館に最初に訪れたとき、幼なじみのゆうさくくんと一緒だった。
ゆうさくくんはポールシニャックのcanal of overschie が好きだと言った。
確かにその絵は、丁寧で繊細な彼によく似合っていた。きれいな水色や暖かな白がまぶたにずっと残った。それから私たちは倉敷のまちをふらふらと歩き、おしゃれなカフェでピザを半分こした。
 それから一年経ち、仲良しだったはずの私たちに距離が生まれ、だから私は一人で美術館を訪れた。まるで落書きに似た抽象画の前で、隣にいたおじさんが、わからねぇなぁ、と呟いている。それでもずっと、その絵を観ている。私はそんな光景をとても美しいと思う。作品が、時代や距離を越えて私たちの前に存在していること。
誰かが悲しみや喜びやいろんな感情、あるいは静けさをもってその前にたつこと。
 ミュージアムショップでポストカードを買った。晴れの国岡山の美術館から、北海道の冬にいるゆうさくくんに送ろうと思った。

カクゴ

岡山県ユリイカ

「ねぇ、どうしてここに連れてきたの」
 美月は美術に詳しくないから、大原美術館に来るのも初めてだ。目の前にある像の名前も、作者が誰かも知らないだろう。
「そのうち分かるよ」
 もったいぶる僕は、今日重大なことを打ち明けるつもりだ。
 僕の前に立っているのは、「カレーの市民 ジャンイコールデール」。彫刻家・ロダンの作品だ。
「ねぇ、この人が持ってるの何?」
 美月が彫刻の手元を指す。
「鍵だよ。これを持って降伏するよう、敵国の王様に言われたんだ。この人…ジャンイコールデールは死を覚悟している。結局殺されはしなかったけど、この覚悟の表情が美しいだろ」
 僕の説明を、美月はしげしげと像を見つめながら聴いている。僕も今、ジャンイコールデールと同じ表情をしているかもしれない。
「美月。実はさ……」
 さて、数百年後、僕の像もここに並んでいるだろうか。

A White Lily to You

岡山県田中恵子

「親でもないのに先生に私の何がわかるの?!」
 私は施設を飛び出した。

  物心つく頃にはこの児童施設にいた。親の顔も知らないから普段は全然平気。だけど赤いカーネーションを見かけるこの時期って、正直結構キツイ。近所の花屋の前を通る時には下を向いて早歩きした。

  ふと顔を上げると鮮やかな蔦の緑。キャンバスに描かれた人々を見ては想像する場所だ。「この女の子はどんな家族なのかな」「こんな人がお母さんだったらな」って。色とりどりの人物の中でも私が好きなのは天使ガブリエル。「これから神の子のお母さんになるんだよ」ってマリア様に伝えに来た天使。あの光はヤバい。コールタール色の私の心を柔らかく溶かしてゆく。

  先生は、施設の門扉の所で待っていた。
  カーネーションとごめんねの代わりに、一本だけ買った真っ白い百合を差し出す。にわかに降りだした雨に気づいた先生が右の掌を空に差し出すその姿を見たとき、その手の先のずっと高い所に、神様とともに父と母が微笑んでいる気がした。

青い服の婦人

岡山県MASA

  私の仕事場には「アルプスの真昼」がある。もちろん大原のミュージアムショップで買い求めた複製画である。複製画ではあるが、キラキラと光る風景は味気ない私の仕事場を和ませてくれている。私は美術への知識も感性も持ち合わせてはいない。そんな私がなぜこの絵に魅かれ、傍に置いているのか。それは青い服を着た婦人が、ときどき私に話しかけてくれるからだ。「元気にしている?」と。
 私の母は牧場を営む家から嫁いできたと聞いている。ある事情で、記憶の回路が整っていない私の前からいなくなった母。遠い昔の話だ。物心ついてから聞かされたこの「牧場」の話だけが、私の心に刺さったままだ。
 傾いた陽射しが婦人を照らすころ、仕事の手を止めて想う。あなたは何を見つめているのですか。何を考えているのですか。すれ違ってもわからないあなたは、どんな顔をしているのですか。そして話しかける。「お元気ですか?」と。もうこの世にいないかもしれないあなたに。

力動感あふれる絵画

京都府佐々木愛

力強い色彩が目に飛び込んでくる。青に黄に橙。真夏の太陽のように眩しい。この力強さはどこから来るのだろう。画面下から左上に向かって視線は移る。目の前には、まるで大きく手を広げる踊り子がいるかのようだ。大きく張った胸には、赤や橙の光の当たる部分が見える。くねらせた体には青や水色の影が落ちる。この躍動感は、色彩の衝突や人物の動きだけに表されているのではない。むしろ、その勢いは細部の絵具の染みにある。画家は描くとき偶発性を重視したという。しかし、それぞれの絵具はあたかも統制されたかのように、全体の統一感のための役割を果たしている。画布に完全に染み込む水色、画面に滴る濃い青色、全体を覆うように走る白色には、それぞれ筆の向きがある。足の部分には下に向かう絵具の滴りが、胴体の部分には上へ向かう筆跡が、開いた腕には左右に向いた水しぶきが目に飛び込んでくる。鮮やかな色彩と人物の動きと絵具の方向によって、この絵は力動感にあふれている。

想定外の成功

岡山県笠見武男

  私の名は「雅歌」。秋も深まった11月のある日、私はここから連れ去られた。アイツは、私の体が小さいのをいいことに、私を旅行カバンに押し込んで、小さな窓からここを抜け出したのだ。カバンの中はまっ暗で、どこをどう連れて行かれたのか知らない。ただ、カバンの中には私以外にも4人がいて、寂しくはなかった。その日から1年と数カ月の間、私はカバンの中で過ごした。
 私が倉敷から500キロ離れた場所で発見・保護される前、アイツは警察官からこんなことを告げられたらしい。
「あの子たちは、国民みんなの宝なんじゃ。」
 アイツはこの言葉に心打たれて私たちの居場所を明かし、逮捕された。
 私たちが無事倉敷に帰ったのは、1972年の2月。その1カ月後には新幹線が岡山まで開通し、倉敷を訪れる人が急増した。事件の風評も重なって、私たちは本当に多くの国民に愛される宝となった。アイツの計画的犯行は、想定外の「成功」をおさめた。

ぼんやり

岡山県入野真由美

「モネって白内障だったんだよね?」「えーマジでー?見えてたの?」「えー見えてたんじゃない?ちゃんと絵、描いてるし」「そだねー。でもきれいな絵だよねー」「やっぱさーそのまま写実的に描くよりさー、ちょっとなんかさーモネが見えていなかったところが想像力を掻き立てるんじゃない?」「えーそうなのかなー?でも、花はきれいだよ?」「きれいだけどさー、美術ってなると違うんじゃん?花を飾っておけばいんじゃん?」「あー」「そこが美術なんじゃん?」「どこが?」「だから、モネの目を通して見えた睡蓮が本物の睡蓮より美しいんじゃない?」「あそっかー!わかりみー」「ウチも育ててるよ、この花」「そうなん?」「すごいよ、最初は泥の中から土筆みたいなひょろっと出て、どんどん伸びてって夏になると花がつくんだよー!この絵の花と形が違うんだよね!だからモネってはっきりと見えてなかったんだなーって」「その花ってさ、蓮じゃない?」

隠された過去

岡山県蒲生祐太

物事の見かけなど、実にあてにならない。事実と伝えられているものに果たしてどれほど信憑性があるのか、私には疑問だ。たとえばアンリ・マティス作「マティス嬢の肖像」。最近その絵の中の人物が、実は巧みに女装した男性なのだと知った。なるほど、絵全体に漂うあのちょっと凄みのある静けさは精悍な男性特有の、決して物怖じしない自信のあらわれに違いない。引き締まった口元。ゆとりを感じさせる目つき。どれもほどよく経験を積んだ明るい青年のものだ。そもそも冬のある日、館内でマティス嬢を見た友人が「これって男じゃないのか?」と囁いたのが原因だった。調べてみると、それは画家マティスが愛娘を描いたものに違いなかったが何だかつまらない。私は夢想の中で、マティスには息子がいたと信じる。決して表にしていない秘密の息子、あえなく自殺した美しい息子が。誰にも知られていないその男の面影を、私はこの絵画の中に発見したのだ。この鑑賞方法を笑わないでほしい。私は事実より、夢想を大切にしたいと思う。

夢の蛍

香川県藪内眞由美

  蛍がいる。飛んでいる。初めてこの絵の前に立った時、明滅する蛍が見えた。
 夕暮れの穏やかな光景。川を臨む小さなテーブルに二客のコーヒーカップ。そして二脚の椅子がある。そこに座っていただろう二人は、夕闇に溶けてしまったかのようだ。二人の甘いささやき声も、夕暮れの街のざわめきも聞こえてこない。全き静寂のなかを蛍が光る。
 ちかちか光るのは蛍。動かない光は蛇の目。家の前の川に蛍がいた頃、祖母は私にそう教えた。祖母と二人で捕った蛍を虫籠に入れ、枕元に置いて眠った。蛍は水の匂いがした。翌朝、蛍はみんな死んでいた。蛍は枯れ葉のように乾いていた。もう水の匂いはしなかった。祖母は母と仲違いしたまま亡くなった。
 夢の覚め際に、これは夢だと思いながら、それでもはっきり見える光景がある。私は、そんな誰かの夢を覗き見しているのかもしれない。
 蛍がいる。飛んでいる。シダネルの絵には、誰かの夢の蛍がいる。

ヘクトールとアンドロマケーの別れ

岡山県岡崎 匠

ヘクトールはオートマタでありました。
完全な機械仕掛けの『ヒト』として造られた、アンドロマケーの執念が産んだ傑作です。
「へく。とル、ゎタ、シのエイ、ゆ…う」
英雄の人形は、シリンダーにあるプリオーダーに反応し、真鍮の膜を震わせます。
「アん…ロマ?ぇ、わたタ??もきミみ…、」
ヘクトールは最愛の妃を腕で抱きしめようとしましたが、既に腕は喪われていました。
アンドロマケーは擬似脳で苦笑しました。
彼女もまた、人の脳を移植したオートマタでありました。
そのとき、彼女のコアは、停止の寸前にありました。ただ一つの可能性を除いて。
「??ゆルし、てクダ。さ…い、」そう言って、アンドロマケーはハート型コアを開き今も動く撥条に触れます。
未だに人であれたなら。
妻に似たなにかを最後に抱きしめようとして、夫の形をしたそれは、コアに衝撃を与えました。
二体の人形は抱き合うようにいつまでも立ち続ける…

画家とは鬼なのか

岡山県石原延秋

  画家とは鬼なのか。この絵の前に立った時、抉られたような衝撃を受けた。どう見ても、この子は寝ているのではない。いや寝ている子供であって欲しいとさえ思う。しかしそれは左側のローソクが炎を立ち上げていることで打ち消される。赤い服に包まれているのは、命を燃え立たせたいという願望か。生きてくれという慟哭が時を越えて響く。
 写真家なら写すのは一瞬、詩人は言葉を生み出しても腹に押し止めるだろう。しかし画家は、描く行為を始め、続けなければならない。死んだ我が子を目の前にして、絵筆を走らせ続けるのか。
 この絵に描かれた子だけを哀れむなら、悲しみの底に共に引き込まれて終わる。真に作品に向き合うなら、横たわる子に向かって筆を振るい続ける鬼を見るべきなのだろう。二者の悲しみを受け止め、いたわりと慈しみの心を抱き、天国へ進めるよう祈ること。そうすれば描かれていない鬼はただの親の顔に戻れるに違いない。

かぐわしき大地~ある画家の放浪~

岡山県藤田恵子

剥き出しの女 芳しき大地
光の充満 芳しき大地
樹木は生えいで 光射す

寄る辺なき草を支えとし
燃立つ陽射し 流れる黒眼

あなたはどこを見ているの?
あなたは、なにをさがしてるの?

貴方が見つめるその先は
光のベクトルの続く先

ねえ、あなたはどこを見ているの?
あなたは、なにをさがしてるの?

燃立つ陽射し 流れる瞳

そう、貴方が見つめるその先は
光のベクトルの続く先

彼方にお行き
幸せは、此の先にある と

同胞の唸り 異国の畝り
突き刺す囁き 浴びる嘲笑
偽の外套剥ぎとられ 血潮滴る夕べ

Jasper JOHNS「黒い数字」

岡山県オリーブ山

黒い数字が熱く鼓動を伝える。数字はイコン。モチーフには一番向かないイデア。
偶然なのか必然なのか。暗闇で焦燥している心臓の鼓動。
… 0、1、2、3…
…4、5、6、7、8、9…
夢で逃げ回るあの「体験」。現実なのか仮想なのか、暗闇で不安に囲まれ血流がめぐる。
…0、1、2、3…
…4、4、4、4、4、4…
烏なのかコウモリなのか、見えない空から降ってくる。眼を遮られ、意識過剰の耳鳴り。黒片がぶつかる不快な触覚。
…3、2、1、0…

画家は描きつづける。両手が汚れ、爪にクレヨンがめり込む。
…9、9、9、9…数字が斜めに、斜めに駆け下る。
画家は描きつづける。「壁」は時間を止め、「平面」は意味を失う。
「美」は改新され、「虚心」が身体に棲みつく。
…8、8、8、8…数字が斜めに、斜めに駆け上がる。

眼を凝らして凝視するとフレームから薄日が抜けている。
数字のステンドグラスを組み上げた。
「美しいもの」への憧れは窓に寄り添うように休息する。
手を黒く染めながら、数字のパズルを組み上げた。
黒い数字を信じよう。「生命(いのち)」の鼓動を信じよう。

あのとき何が ~前へ~

岡山県さち

織姫と彦星 出会う前の晩
二人をはばむ雨の音
絶え間なく  絶え間なく

突然ひらめく閃光と  地面がゆらぐ振動に
雷なのか地震かと
下界で暮らす民たちは  ニュース速報 待ってみる  待ってみた
雨音おびえ 眠りつく

一夜明け、あなたは何を見たのです?
数キロ先の出来事に  呆然として  立ち尽くす
町一帯は泥水に
まぶしい光と振動は  工場爆破のときだった

西日本豪雨

もしもあそこで暮らしていたら…
助かったのは紙一重
目の前の出来事に  映像に  心がついてゆけないままに
私は今 生きている

「私を見て」
いつもと変わらぬ荘厳さ  精一杯に漂わせ
「私を見上げて!」
神秘の力  放つ城

倉敷に そびえる 大原美術館
イオニア式の柱で迎え  ルネッサンスの香りを放つ
「私を見て」
西洋の 美が生み出した 英知の間
「私を見上げて!」
我が復興が 心に宿る